2001年のニュース



●槙原寛己さん(元巨人軍)、岩滑に里帰り (2001.12.16)

     記念館での出迎えの様子

 12月16日(日)、元巨人軍エースの槙原寛己さんが、引退後初めて故郷の半田市に帰郷されました。槙原さんは半田市の出身、しかも南吉と同じ岩滑小学校の卒業生、つまり南吉の後輩なんですよ。皆さん、ご存知でしたか?
 今回の里帰りは、テレビ番組の撮影を兼ねていて、地元の人たちが槙原さんを迎えるシーンが新美南吉記念館の芝生広場で撮影されました。翌日、槙原さんは、半田市役所を訪れ、榊原市長に引退の報告をされました。槙原さんは、1994年に完全試合を達成するなど、巨人を優勝に導いて最優秀選手賞に輝き、同年、半田市から市栄誉賞を送られています。
 槙原さんの里帰りの様子は、TBSで2002年1月22日(火)19時〜20時に放送される「特ネタ!ニッポン宝島」の中の「有名人!ドッキリ里帰り」のコーナーで紹介されます。


 
   ●ビデオシアター新番組「手ぶくろを買いに」上映中 (2001.10.21)

     新番組の一場面

 新美南吉記念館の展示室内にあるビデオシアターでは、今月から新番組「手ぶくろを買いに」(16分)を上映しています。
 これまで新美南吉記念館では、「ごんぎつね」「牛をつないだ椿の木」「花のき村と盗人たち」の三番組を月替わりで上映していました。しかし、このうち「牛をつないだ椿の木」「花のき村と盗人たち」はNHKがテレビ放送用に制作したものを使用契約を結んで上映していました。半田市では、その契約期間が今年4月で切れたのを機会に、独自にビデオシアター用の新番組を制作することにし、(株)NHK中部ブレーンズに制作業務を委託しました。
 新番組は、「手ぶくろを買いに」を原作のまま朗読し、紙芝居のように切り替わる絵をつけるというもので、朗読をアニメ「ムーミン」のムーミンパパや「銀河鉄道999」のナレーションで知られる声優の高木均さん、アニメーションの原画をシカゴ国際児童映画際などでの受賞経験もある山村浩二さんが担当しました。
 朗読、アニメーション共にとても温かみがあり、「手ぶくろを買いに」という冬の童話ながら、南吉が描こうとした親子の愛情や善意、信頼といったものが行動的な子狐の体温とともに伝わってくるようです。皆さん、是非、新番組を見にきてくださいね。
 ※「手ぶくろを買いに」の第1回上映期間は今月から12月まで(1月は「ごんぎつね」に替わります)。決まった上映時間はなく、ビデオシアターの部屋に人が入ると自動的に上映が始まります。
 


    ●第6回南吉研究シンポジウム開催 (2001.9.9)

     野々村さんの舞踊

 9月9日(日)、「南吉文学とコラボレーション」をテーマに第6回南吉研究シンポジウムが開催されました。提案者は、9月28日に岩滑小学校でオペラ「ごんぎつね」を演じる名古屋二期会の大野憲一さん、南吉の幼年童話を題材に水彩画などを描いている画家の沢田幹代さん、そして、現代舞踊家の野々村明子さんの三名。第一部で大野さんと沢田さんの提案が行われ、第二部は会場を岩滑小学校の体育館に移し、野々村さんによる舞踊「南吉作品から・木の心象風景」が同校の児童も交えて演じられました。

 

  ●中学生が記念館で体験学習 (2001.8.7)

 8月7日(火)、新美南吉記念館で半田市立乙川中学校3年生2人による体験学習が行われました。参加した松山君と稲生君は、湿度の計測、記念館だよりの発送、企画展の受付、写真の複写などを体験したほか、このニュースの更新も彼らが行いました。

<体験学習を終えて>

南吉記念館の職場体験は、午前中に南吉の歴史や、南吉の作品を紹介してもらいました。
午後は、南吉記念館の受付や作業をやりました。雨が降っていたので外の草刈りがなくなって、少し楽でした。この職場体験で、今後の生活で役に立てていければいいなと思いました。後、仕事の大変さが分かりました。(松山祐介)

僕は「新美南吉記念館」に職場体験で来て今までにやったことのない体験をたくさんできました。例えば南吉記念館の開館、受つけとかいろいろな貴重な体験をさしてもらい、仕事の大変さが分かりました。南吉の勉強もさしてもらい自分のためになってよかったなと思いました。(稲生雄如)

 

  ●「いこまい!愛知のミュージアム展」に出張展示中! (2001.8.5)

     南吉のコーナー

 いま、名古屋市博物館では、7月14日(土)から9月2日(日)の会期で、「いこまい!愛知のミュージアム展」が開催されています。南吉記念館も、草稿「権狐」や「手袋を買いに」の原稿、絵本などを出張展示しています。8月5日(日)は南吉デーで、アニメ映画「ごんぎつね」の上映と小野敬子さんによるストーリーテリングが行われました。愛知県中の博物館から、その館の特徴的な資料が展示されているとってもオイシイ展示会ですので、是非、観に行ってみてください。

 

   ●あつまろうみんなの南吉展パート汪J催 (2001.7.29)

     ウナギのつかみどり

 7月29日(日)、ごんぎつねの会による「あつまろうみんなの南吉展パート氈vが開催され、ウナギのつかみどりや紙芝居、ストーリーテリングなどが行われました。
 南吉展の恒例行事となったウナギのつかみどりは、記念館の敷地を流れる人工の小川で午前と午後の2回行われました。ぬるぬるとしたウナギはなかなかつかまえることができず、大勢の子どもたちが水に濡れながら歓声を上げていました。

 

   ●企画展「画帖でたどる南吉の旅」始まりました! (2001.7.20)

 7月20日(海の日)、記念館では平成13年度企画展「画帖でたどる南吉の旅」が始まりました。南吉は、安城高等女学校での教員時代に、学校の仕事として、鎌倉、東京、日光、富士山、伊豆大島などに旅行しています。企画展では、旅行中に描いた画帖、俳句稿、写真、当時の観光パンフレットなどを通して、南吉の旅をたどります。会場では、画帖に描かれた絵の絵葉書(4種類)を1枚50円で販売しています。企画展は9月2日(日)まで。是非、お出かけ下さい!

  

  ●子どもの日行事「しし丸ジャンジャカ!」開催 (2001.5.5)

     腹話術を演じるしし丸さん

 5月5日、子どもの日行事として、しし丸カンパニーによる「しし丸ジャンジャカ!」が行われました。会場には家族連れを中心に約120人が集まり、ギターコンサート、腹話術、人形劇など楽しいパフォーマンスに子どもたちは大喜びでした。特に腹話術はしし丸さんとトラ丸くん(トラの人形)のどつき漫才、人形劇「モモタロー」は昔話「桃太郎」のパロディーで、爆笑の連続でした。

 

   ●「手袋を買いに」の感想画 (2001.4.27)

     伊藤龍之介くんの作品

 埼玉県入間郡の三芳町立上富小学校から、「手袋を買いに」の感想画の写真をいただきました。どれもとても素敵な絵なので、そのうちの一枚をご紹介します。4年生(現在は5年生)の皆さんが「手袋を買いに」のストーリーテリングを聴いて描いたもので、ストーリーテリングをされた学校図書館司書の池山房子さんとクラス担任の丸山芳枝先生からお手紙と一緒に送られてきました。ありがとうございました。

 

   ●童話の森の観察会 (2001.4.21)

     新緑の童話の森を歩く

 4月21日(土)、新美南吉記念館に隣接する童話の森で自然観察会が行われました。もともと中山と呼ばれた童話の森は、「ごん狐」の舞台にもなったところで、一周約7分の遊歩道を歩けば、南吉童話に登場するたくさんの植物を観ることができます。
 記念館では、お客様に南吉文学と知多の自然との関わりを知っていただこうと、先月、童話の森の植物に名札をつけ、それぞれが南吉のどの作品に登場するのかをまとめた解説マップをつくりました。整備にあたっては、半田市立岩滑小学校の相地満先生にご指導をいただき、今回の自然観察会も相地先生を講師に行われました。当日は、あいにくの小雨でしたが、雨に濡れた新緑が鮮やかで気持ちのいい観察会となりました。

 <童話の森で観られる南吉童話に描かれた植物(一部)>
サザンカ「疣」/ヒサカキ(岩滑の方言でイササギ)「ごん狐」/ツバキ「牛をつないだ椿の木」/ススキ「ごん狐」/クロマツ「和太郎さんと牛」/ハギ「ごん狐」/コシダ「ごん狐」/イヌマキ「狐」/ビワ 童謡「枇杷の花の祭」/アキニレ「貧乏な少年の話」/ハンノキ「ごん狐」「おじいいさんのランプ」/ネムノキ 童謡「からす」/クチナシ「貧乏な少年の話」/ツツジ「和太郎さんと牛」など

   ●ふれてみる彫刻にふれてみる? (2001.4.5)

     

 新美南吉記念館では、童話「花のき村と盗人たち」の世界を表現した木彫作品に手で触れられる展示を始めました。
 この展示は、視覚障害者の方にも南吉童話の世界を楽しんでいただくために、立川流(知多半島に江戸時代から伝わる木彫の流派)の彫刻士、間瀬恒祥さんの協力を得てつくられました。点字と音声による案内がある展示台の上に、「花のき村と盗人たち」に登場する、盗人のかしらと四人の弟子、子牛、お地蔵様などが配置された横160センチ高さ50センチの作品がとりつけられています。
 これは、近年、子どもを対象にした博物館の多くで導入されているハンズオン展示(自分から積極的に見て触って理解する展示手法)でもあるので、障害のない方にもどんどん触ってもらって楽しんでもらいたいと思います。

 

   ●自然観察会「春を探しに行こう」 (2001.3.20)

     

 春分の日、記念館の周辺で春を探す観察会が行われました。2月はあんなに寒かった今年の冬ですが、3月に入ると急に暖かくなって、もう春本番という感じ。観察会の当日もぽかぽか陽気で、外を歩いていてもとてもいい気持ちでした(花粉症の人以外は・・)。
 記念館の周りには矢勝川が流れ、田圃もまだまだ残っています。堤や畦をを歩くと、いたるところに小さな野草が花をつけていました。その中でよく目立つのが、青い小さな花を咲かせるオオイヌノフグリと赤紫の花をつけるホトケノザ。ホトケノザによく似たヒメオドリコソウもたくさん咲いていました。
 そのほかにも、タンポポ、カラスノエンドウ、ヤブノノゲシ、カスマグサ、オオジシバリ、レンゲソウ、セリ、ドクゼリ、ヨモギ、シソクサ、ヘビイチゴ、タネツケバナ、ノミノフスマ、ノビル、ミズハコベ、それにゴギョウやコオニタビラコ(ホトケノザ)といった春の七草など、たくさんの野草を見つけることができました。 

 

  ●牛乳パックでしおりづくり (2001.3.11) 

 3月11日(日)、飲み終わっていらなくなった牛乳パックを利用して、本のしおりをつくる教室が開かれ、21人が参加しました。材料の牛乳パックは、加熱やミキサーにかけるなどの加工をし、パルプ状に戻して使います。ここまでは時間がかかるので事前に準備され、参加者は主に紙をすくことに挑戦しました。千代紙や古切手など好みのものをすきこみましたが、なかには記念の写真をすきこんで作っている人もいました。自分で作ったしおりを使うと、読書の楽しみも一層増すのでは?

 

  ●第14回新美南吉顕彰講演会「新美南吉童話の世界」開催 (2001.1.27)

      講演をされる北吉郎氏

 1月27日(土)、第14回新美南吉顕彰講演会が行われました。毎年、新美南吉顕彰会と半田市教育委員会の主催で行われるこの講演会。今年の講師は、南吉研究家の北吉郎氏(高知大学教育学部助教授)でした。会場の半田市福祉文化会館には約100名の人たちが集まりました。 
 「ごん狐」が初めて教科書に掲載されたのは昭和31年(大日本図書刊)のこと。昭和40年以降改訂ごとに採用する教科書が増え、昭和55年からは小学四年生の国語の教科書すべてに登載されています。冒頭北氏は、「『ごん狐』は小・中学校・高校の中で最も知られた文学教材であり、『ごん狐』を語れば南吉童話の半分以上を語ったことになると思う。今回は特に、『ごん狐』を通してみた南吉童話の世界ということで話したい。」と、述べられ、同作品の誕生や作品世界について、以下の項目を挙げて話されました。

○「不幸者意識」について
 南吉の子ども時代は孤独や死への恐怖と共にありました。4歳で生母を亡くし継母に育てられたことや養子に出されたこと、また幼くして生母や叔父の死に遭遇し、彼自身虚弱だったこともあって自分も夭死するのではないかと考えていたこと。北氏はこうした子どもにとって孤独な環境が、南吉を他者とコミュニケーションが取れない、他者と結びつきを持つのが非常に苦手な人間にしていったのだと言います。そしてそれは彼の中に「不幸者意識」を芽生えさせていきました。

 「俺だけ、神様は忘れてゐるんだ。だから、俺だけ何もめぐむでくれないんだ」(昭和6年3月の日記)

 これは中学時代の彼が書いた無題の童話の一部です。この時期、文学の道を志して大学進学を希望していたものの、両親に許して貰えず、特に強く「不幸者意識」を持っていたと言われます。作品からも、失望する南吉の思いが感じられます。

○狐の姿をした人間
 動物が人間の言葉を話すことを一般的に「擬人化」と言いますが、北氏は「擬獣化」という言葉を使い、ごんは「狐」ではなく本当は「狐の姿をした人間」なのだと説明されました。その姿のせいで他者とコミュニケーション出来ない。ごんの姿は正に南吉自身を投影したものなのだと言えるでしょう。

○「兵十=M子さん」
 「ごん」が南吉自身を投影したものだとすると、「兵十」は一体誰なのでしょうか。北氏は「兵十」とだぶる人物として「M子さん」という女性を取り上げました。M子さんは、南吉が中学三・四年生の頃から思いを寄せていた初恋の人で、文学で成功した暁には結婚したいと考えていました。中学卒業後、代用教員の仕事をしていた際には、彼女の弟の担任になったのをきっかけにM子さんに近づき、相思相愛に近い関係にまでなりました。しかし「ごん狐」が書かれたのと同時期、南吉は、「この恋はこはれむなれどされどされど、我は恋ふるもいもを恋ふるも」(昭和6年9月18日)という歌を詠んでいます。壊れることが分かっていても恋せずにはいられないという意味のこの歌。この時既に南吉は二人は結ばれないと考えていたことが分かります。その後その理由について彼は、「心の底ではたつた一つのこと、それが言へないために自分は理くつめいた愚痴を言つてゐるにすぎないと思つて非常に自分が情けなく又憐れに感ぜられた。」(昭和10年3月25日の日記)と書いています。北氏は『どうしても言へない一つのこと』について、「結核のこととも考えられたが、M子さんとの交際がコミュニケーションが必要な段階まで進展したところで南吉の足は止まってしまっている。それは他の女性との交際でも同様で、南吉が相手と対面して人間関係を作っていくことが出来なかったということを示しているのではないだろうか。それは彼自身も認識していたと思う。」と、述べられました。
 北氏は「ごん狐」を、同じように母がなく一人ぼっちの「兵十」に対する「ごん」の「求愛」の物語だと言います。しかし、南吉のM子さんへの思いと同じように、ごんの思いも叶わないものでした。兵十に銃で撃たれながらも、最後になって自分に気付いてもらい「うれしくなった」ごん。この命がけの求愛は、他者との結びつきを求めながらも得られず、孤独だった南吉の姿を表しているのではないでしょうか。

 北氏は、国語教材としての「ごん狐」についても言及され、「一般的に、『ごん狐』は、教科書に載っているから有名なのだと思われがちだが、実際には、小学校の先生や民間教育団体の研究教材として使われるようになったのが最初だった。他の国語教材と同様に長年教科書に登載されてきて、学習学年の変更や登載を止めても良いのではないかという意見もあるが、他に取って代わる程の作品もなく、まだしばらくはそういうことにはならないと思う。」と、高く評価されました。

 今回は「ごん狐」誕生の背景に重点を置いた講演になりました。北氏は最後、「『ごん狐』に限らず南吉作品には、本来子どもからは遠い存在だとされる孤独や淋しさを描いたものが多くある。孤独や淋しさが南吉の創作への原動力だったのであり、また南吉作品の魅力にもなっているのではないだろうか。」と講演をまとめられました。

 

   ●童話の里も雪化粧 (2001.1.20)

     

 1月20日(土)、全国的な大雪がとうとう温暖な知多半島にもやってきました。南吉記念館もご覧の通り真っ白!ひさしぶりの大雪です。遊びに来ていた地元の小学生はさっそく大きな雪だるまをつくっていました。童話「手袋を買いに」や「子供のすきな神さま」を思い出させる光景でした。

 

   ●春の七草観察会 (2001.1.7)

     七草がゆはおいしいかな?

 年明け早々の1月7日(日)、相地満先生(半田市立岩滑小学校教諭)を講師に迎え、自然観察会「春の七草観察会」が行われました。
 正月7日に、おかゆにして食べる「春の七草」。古くから行われていた風習ですが、ブームになり七草が市販されるようになったのはここ20年くらいことで、最近では店で買い求めるのが普通になってしまいました。南吉記念館の周囲では、野生種が確認できなくなったスズナ(カブ)と、浜辺に自生するスズシロ(ハマダイコン)を除く、全ての種類を見つけることができますが、当日はあいにくの雨で、七草のスライドを見ながらの講義となりました。
 講義の後には七草がゆの試食も行いました。昔の人々が青物の少ない厳しい季節に七草を食して、春の到来を願った気持ちも味わえたのではないでしょうか。

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