南吉とわたし


かすや昌宏(画家)

 『ごんぎつね』の原作だと言われている一九三一、十、四、の日付のある手書きの「権狐」の最初の部分、この前説の若衆倉の前の日溜まりで、子どもを前にして茂助爺さんが話すくだり、ここには空気に心が溶け込んで、心が心に伝わる、人間のいのちの美しい香りがある。このことは『ごんぎつね』の世界の底に流れる深い地下水でもある。
 もう随分と前になるけれど、南吉さんの幼い時の養子先と言われている家に行った。その茅葺きの旧日本家屋の入口に立った時、ふっと、土間の土を見て、何処か懐かしい気持ちになった。わたしのおじいの家も大きな古い茅葺き家屋だったからなのか。家の中に入ると薄暗い土間の右側の奥まった隅っこに、魚とりの道具が数点あるのがすぐ目についた。その中に曲がった金具の先端にヤスのついた泥の中のうなぎを引っ掛ける道具があった。へぇ〜、こんな民具が、住民の寄贈なのかな。と思いながら、わたしは『ごんぎつね』の兵十が雨のあと増水した川で「うなぎ」を取るくだりを、さほど古くない時代背景として、新ためて身近に感じていた。人物のモデルがいると言われる兵十が使用する「はりきりあみ」を、実はわたしの家では実際に使用していた。「かにおちゃく」と言って、少年時代には雨で家の前の小川が増水した時など、川を下る沢山のモクズガニを取っていた。
 南吉さんが少年時代に友だちと「ぎす」を取りに行った時の文章が残っているが、わたしの子ども時代でもそんな感じがまだあった。身近な小川には魚が沢山いたし。かっては日本のいたる所でこのような自然環境が日常生活の空間の中の一部だった。童謡が自然のなかで生きていた時代と言えるかもしれない。『ごんぎつね』には、昭和五〜六年頃の岩滑地方の時間と空間がいっぱい詰まっているように思う。ごんぎつねが山のあなから出て、村のあちらこちらを歩き回った「ごん」の生活空間。南吉さんも「ごん」のように岩滑地方のいろんな所を歩いたことだろうと想像する。そして、観察されたと思う。秋の空気に透き通るモズの声。九月中旬に決まって咲く彼岸花。月の光の美しさ。秋の来る空気の中でスパルタノートに表現された『権狐』「赤い鳥に投ず」には、南吉さんの思いの意識と無意識が深く潜んでいるようだ。幼い時、亡くしたお母さんのことを思う深い気持ちが、兵十のおっかあが病気で亡くなったくだりによく出ている。昭和五年三月十六日の日記「幼い時の思出」には母を亡くした南吉さんの深い悲しみが出ている。それは「ごんぎつね」の深い哀しみでもある。
 自然の中の木を動かす風のように心の香りは目に見えないけれど。いつの日かきっと、『ごんぎつね』の世界の美と感動を求めた本格的な影絵劇を創作したいと考えている。

「新美南吉記念館だより」第111号(2004.3.1発行)より転載



プロフィール かすや昌宏
1937年兵庫県加古川市生まれ。児童演劇活動を経て絵本の世界に入る。海外でも高い評価を受け多くの絵本が出版されている。作品は『のあのはこぶね』(至光社・1978年ボローニャ国際児童図書展批評家賞。文・佐久間彪)、『星のふる森』(あすなろ書房 文・渡洋子)、『ふしぎなおんがく』(至光社 自作)など多数。日本児童出版美術家連盟会員。

書籍紹介 「ごんぎつね」 新美南吉作 かすや昌宏画 1998 あすなろ出版
「ごんぎつね」は、1956年に小学4年生の国語の教科書に載るようになり、以降年々その数は増え、1980年度からは全社が採用しています。かすやさんは、そのうち光村図書出版の教科書に掲載されている「ごんぎつね」(1971年から)の絵も担当されています。この絵本は、教科書のさし絵と同じ技法で表現されたもので、かすやさん独特のやわらかい色彩と、影絵のような光と影を意識した画面からは、「ごんぎつね」の舞台である、田舎の空気の暖かさまで伝わってくるようです。


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